基準値を無視

(フクシマの影響)

 放射線テレックス2018年1月号でぼくは、GMサーベイメータ(計数管)で測定できるcpm値(count per minitue)の上限値が、福島第一原発1号機で爆発があった後、まず非常時の上限値である1万3000cpmが適用され、その2日後にそれがさらに10万cpmに引き上げられたことを報告した。

 cpm値は表面汚染を示す値で、1分間に測定器の測定表面において放射線が何回計測されたかを示す値だ。

 その上限値の引き上げについて、当時福一で作業するサブコンの放射線防護責任者だった白髭幸雄さんは、「びっくりした。聞く耳を疑った」と、ぼくに語った。自分が放射線防護について勉強してきたことと、それまでの経験からして信じられない引き上げだったという。

自分で除染した避難区域にある自宅で
測定する白髭幸雄さん

 白髭さんの驚きも当然だった。

 この1万3000cpmという値では、それが測定された場合、甲状腺の被ばくが100ミリシーベルト(積算値)になることが想定されている。

 日本政府をはじめ、福島県健康アドバイザーだった山下俊一さんらは、これまで100ミリシーベルトまでは健康に影響ないと主張している。要は、この100ミリシーベルトという値は、「健康に影響はない派」の絶対的な基準値なのだ。

 でも、cpm値を10万に引き上げたのは、この絶対基準値を無視したことになる。

 東京新聞が今年2019年1月から3月にかけて連載した「背信の果て」という記事によると、実際に測定した福島県の現場からは、測定値が1万3000cpmを超える人がたくさんいると報告されていたという。

 しかし東京新聞が情報開示申請で得た文書から、政府の放医研が2011年3月17日に、測定値が10万cpmとなった場合の被ばくが0.17ミリシーベルト程度だという文書を作成していたことがわかった。

 文書にはその計算方法も記載されているが、それを分析すると、甲状腺の被ばくではなく、からだ全体の被ばく線量が計算されていたという。

 放医研の明石真言理事はその後、政府の原子力安全委員会に同じ主旨の文書を提出している。そして、その明石理事が4月26日に政府の福山副官房長官と会い、疫学調査は必要ないとの提言をしたことも確認されている。

 明石理事は政府の官僚ではなく、科学者のはずだ。その明石さんが、この初期段階で疫学調査不要論を主張するとは、ぼくのような凡人には、どうしてなのかその頭の回路が想像できない。

 明石さんは、国連のUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)のメンバーでもある。

 ぼくは放射線テレックス2018年10月号で、NPO法人チェルノブイリ救援 • 中部の河田昌東さんの論文から、原発事故後2011年3月後半に1080人のこどもたちに行われた汚染測定とその解析がいかにおかしかったかについて報告した。

 しかし東京新聞の取材から、日本政府をはじめ「健康に影響はない派」の科学者にとって、この1080人のこどもたちに対する測定結果が、その後の健康に影響ないとする判断にとても大きな影響を与えていたことがわかる。

1080人の測定結果(出典:脚注参照)

 確かに、その測定結果を見るだけでは、その程度の被ばくでは健康にそれほど影響ないと判断できないこともない。

 しかしこの1080人には、事故原発から30キロメートル以内にいたこどもたちは含まれていない。

 事故当時18歳以下だった福島県のこどもたちは、約37万人だ。そのうちわずか1000人余りを測定しただけで、健康に影響はない値と代表的な結論を出せるはずがない。

 でも国連のUNSCEARの報告書も、この1000余りの測定結果を基盤にしている。
 
 東京新聞が得た文書からは、測定現場からのGMサーベイメータによる汚染測定値の報告で、放医研の推計で甲状腺が100ミリシーベルト程度被ばくしていると見られる女子がいたこともわかっている。

 しかし、それには真剣に対処されなかった。

 その女子は、当時11歳。地震後の3月12日に双葉町にいて、屋外で他のこどもたちと遊んでいた。その子は、すでに甲状腺ガンで手術されたという。

(ふくもとまさお)

脚注:http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/files/siryo1.pdf#search=%27%E5%B0%8F%E5%85%90%E7%94%B2%E7%8A%B6%E8%85%BA%E8%A2%AB%E3%81%B0%E3%81%8F%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%B5%90%E6%9E%9C%E8%AA%AC%E6%98%8E%E4%BC%9A%E3%81%AE%E7%B5%90%E6%9E%9C%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%27

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